上田耕平は、コンデンサなどを製造する電子機器メーカー「ニチコン」で働く会社員。コンデンサ製造工場の生産を
管理しつつ班をまとめるリーダーであり、ともに働く社員からの信頼も厚い。
野球や音楽に燃えた
大野の陽明町出身。父方が、代々大野に暮らしてきた家系です。小学校4年の頃から少年野球をしていて、プロ野球選手になりたいと思っていました。クロマティや原辰徳がいた頃です。巨人ファンでした。でも中学の時にケガしてしまい、続けられなくなりました。
野球をやめ、高校生になってからは、音楽に目覚めました。ロックバンドの影響でギターを始めて、バンドを作って活動。漠然とですが、プレイヤーより、作曲家やプロデューサーのようなクリエーターになりたいと思ってました。それまで独学でやってきたので、音楽の専門学校に進もうかとも思いましたが、親や周囲の大人たちの勧めもあって、まずは大学へ進学しました。音楽活動は大学でもできるし、卒業してから学ぶこともできるから。迷いましたが、そう決めました。