佐藤順子 野菜、苗づくり・販売

佐藤順子は、苗や野菜をつくり、直販も手がける農家である。朝6時、自宅の畑で育てた様々な野菜を七間朝市に並べると、
カラフルな売り場にお客さんたちの足が止まる。自分で育て、自分の言葉で魅力を伝えていくことを大切に、
新しい形の農業を切り拓く、新進気鋭のつくり手だ。

小説を愛する農家の少女

代々、土打で農業をしてきた家に生まれました。うちは野菜の苗農家で、主に家の仕事を取り仕切っていたのは父。子どもの頃から、忙しい時期にはよく家の仕事を手伝っていました。稲刈りとか、苗仕事とか、パック詰めとか。でも、農家には絶対になりたくないと思っていました。作業自体は嫌ではなかったんですけど、手伝いがあるせいで遊びに行けなかったり、友達と予定が合わなくなったり。椎茸を栽培していた暗室では、収穫しようとつかんだのがナメクジだった!!なんてこともありましたね。なんでこんなことせなあかんのやろう、子どもなのに、と思っていました。家の農業を手伝いながら本屋にも勤めていた母の影響もあって、本に興味を持つようになりました。将来は小説家になりたいと思っていましたね。

大学生の頃には、自分で小説を書いて投稿したこともありました。でも、職業として小説を書くのは難しいと思うようになって、「書くこと」に関係する仕事ができたらいいなと考えるようになったんです。

「本」で生きていくために

高校を卒業して進学したのは、図書館情報大学。図書館司書になりたい人や情報関係に進みたい人が多い大学で、「本」の情報が集まってくるんじゃないかという期待があったからです。大野から遠く離れた茨城県での学生生活でしたが、のんびりとしていて、楽しかったです。就職活動の時期、やはり本に関係する仕事をしたいと思い、出版関係の会社を回りました。結果は惨敗。何か書く仕事ならと、新聞社とかテレビ局とか、とにかく手当たり次第受けていき、やっとのことで福井県内のケーブルテレビ会社から内定をもらいました。福井に帰るつもりはなかったし、都会で働きたいという気持ちもありましたが、結局そこに就職することにしました。

私の「大野へかえろう」

会社では編集や裏方の仕事を希望したのですが、配属されたのはなんとアナウンサー部門。公衆の面前で話すのが本当に、本当に苦手で、2カ月で辞めてしまいました。すごく落ち込みました。せっかく決まった就職先を、こんなに短期間で辞めてしまうなんて。次の仕事はきちんと選ばなきゃ、でも二度と就職なんかできないかも・・・。などと思い悩みました。暗い気持ちを抱えたまま、とりあえず実家へ。実家に住みつつ福井市でバイトする生活が始まりました。ケーキ屋やカフェなど、なんだかおもしろそうなところを見つけては働く日々。いくつかの業種を渡り歩き、中古本の卸会社でビデオやDVDをネット販売する仕事に就き、バイトから正社員になりました。

そこでは、ひとつの部門をまるごと任せてもらいました。販売計画を立てたり、人をどれだけ使うか計画したり、自分の裁量でマネジメントしていくのがすごく楽しかった。最初の就職に失敗し、ダメだダメだと落ち込んでいた自分にとって、この経験は大きな自信になりました。

そんな折、父が大ケガをして生死の境をさまよったんです。幸い完治し元気になりましたが、父が死ぬかもしれないと思ったその出来事をきっかけに、自分の一生ってなんだろうと考えるようになりました。今の仕事は順調だけれど、本当にこれでいいんだろうか、何か一生続けられるような、「自分はこれだ!」と言えるような仕事を見つけるべきなんじゃないか、と。

「何もない」から
導き出した答え

一度、自分を見つめ直したいと思いました。これからどんな道を選ぶか分からないけれど、今までできなかったことをしておきたいと思い、仕事を辞めて船で世界一周の旅に出ました。旅の中で、将来の自分が進むべき指針も見つけ出したかったんです。でも、答えはなかった。劇的なことが起きたわけでも、何かを見つけたわけでもありませんでした。帰国した後はまた、元の仕事のような職を探しましたがなかなか決まらず、実家の手伝いをしながら家にいました。私はここで何をしているんだろう。一生やりたい仕事は見つからない。このまま大野にいる理由も、都会に出る理由もない。ない。私には何もない。

なんのあてもなく日々を過ごすうち、苗の時期になりました。この時期は本当に忙しく、一心に農作業をしていたある時、ハッとしたんです。ここにないものは、いくら探したって見つからない。大切なのは、ここに「ある」ものだ。一生続けたい仕事が見つからないなら、今、ここにある仕事をすればいい。自分にできることをすればいい。それは、農業でした。小さい頃から手伝ってきた苗づくり、野菜づくり。それをすることで、ここにいる意味ができるんじゃないかと思いました。

「自分の農業」を切り拓く

私が農業で生きていくことに、両親は喜び半分、心配半分という感じでした。特に父は農業の厳しさも知っているので就職を勧めましたし、私もしばらくは迷いがありましたが、自分なりの野菜づくりを進めていく中、就職を考えることはなくなっていきました。

会社で働いていた頃、大量生産、効率の良さを重視しすぎることに疑問を感じていました。すごく仕事を頑張っても、たいして忙しくなくても、お給料は同じ。売り上げが上がっても働きづめで、外が晴れているのか、雨なのかすら分からない。これが充実した人生なの?いつの頃からか、モノや仕事の「価値」が分からなくなっていました。だから、分かりやすくシンプルなことをやりたかったんです。大量生産は大規模なところに任せて、私は自分で手をかけられる量だけ。お客さんに毎日楽しんでいただけるよう、少しずつ、いろいろな種類のものをつくる。それが「自分の」農業だと思いました。

まず自分で食べてみたいものつくろうと、ちょっと変わった野菜を育てることにしました。最初は育てやすいラディッシュから。本を読んだり、野菜ソムリエの資格を取ったり、様々な機会に学びながら、人に売れるような野菜を収穫できるようになっていきました。今は西洋野菜を中心にして、ズッキーニ、白なす、トレビスなどをつくっています。

販売は、試行錯誤が続きました。最初は大野の青果市場に持っていったんですが、珍しい野菜だから全然買ってくれません。どうやって食べる野菜なのか、きちんとお客さんに伝えないと分からなかったんですよね。だから自分で説明できるところで売ろうと思って、七間朝市に行き始めました。おすすめの食べ方や味の説明をし、試食を出し、お客さん一人ひとりに野菜の魅力を伝えていきました。まずは1年、毎日出ようと決めて出店し続けたら、「珍しい野菜売ってるよ」と評判になりはじめ、次第に売り上げが伸びるようになりました。飲食店の人などからも販売依頼が来るようになり、朝市以外での直売や配達も始めました。今では大野市外も含め、週に30件くらいは納品、配達しています。

わくわくしながら
野菜を買ってほしい

直接販売なので、お客さんの反応がうれしいですね。「わー、どれにしよう!」と思いながら、ワクワクして買い物してほしいから、常時10種類くらいは並べられるように野菜づくりをしています。特にお年寄りは、珍しい野菜を見ると「食べたことないで、いらん」とおっしゃる人が多いんですが、たまに果敢にチャレンジしてくれるおばあちゃんがいたりするとうれしくなりますね。90歳近いおばあちゃんが、「これ食べてみようかしら・・・。」って。どんな料理になるんやろ!って、こっちがワクワクしちゃいます。

最近は、「野菜の一生を生かす」という考え方を持つようになりました。いつも食べている「野菜」だけでなく、日々成長し変化する中で生まれる、葉っぱや花などの使い方を提案していこうとしています。料理の飾りとして野菜の花を置いてみたり、花をおいしく食べられるようにしてみたり。そういうものに誰かが反応してくれると、「やった!」ってうれしくなります。

福井市内から見ると、大野の野菜ってブランドなんですよね。珍しい野菜は敬遠しがちだった人でも、大野のものなら食べてみようかなって言われたりして、気付きました。水がきれいで寒暖差があり、野菜がおいしくなる条件が揃っているんですね。知らないうちにいいもの食べてたんだ、大野っていいなって改めて思いました。今後も、大野で野菜づくりを続けていきます。年齢のせいで作業がキツく感じられることもありますね。一人でできる範囲のことをするか、もしくは誰か手伝ってくれる人がいれば一緒にやるか・・・。考え中です。

佐藤より、若い人たちへ

したいようにしたらいい、正直にそう思います。ただ、何かあったときにふと思い出すのは大野だったりしますよね。そんなとき、「大野では何もできない」と思う必要はありません。

私は昔、もし大野だけで過ごしていたら、何も知らずに死んでいくんじゃないかと思っていました。ところが大野で農業を始めてから、あっという間に世界が広がっていき、今もどんどん進行中です。世界一周した時よりも今の方が、体感として世界は広い。大野で農業をすることがそんな広がりを持つとは正直、思ってもいませんでした。やろうとさえすれば意外と何でもできる、そんな大野でやっていくのも悪くないですよ。

  • おいしいものを食べること。ケーキなど、甘いものが好き。でも最近和菓子も気になります。
  • 佐藤順子

    1978年生まれ
    野菜、苗づくり・販売

  • 新しいお店ができたと聞くとすぐ行っちゃいます。

  • おいしいものを食べること。ケーキなど、甘いものが好き。でも最近和菓子も気になります。新しいお店ができたと聞くとすぐ行っちゃいます。

  • 佐藤の経歴

    大野市土打で生まれる → 大野高校 → 大学(茨城) → ケーブルテレビ会社(武生) → アルバイト(福井) → 中古本の卸会社(福井)
    → 実家で農業を始める

  • 佐藤の一日

    4:30
    起床
    収穫
    5:30
    七間朝市へ出発
    6:00
    朝市で野菜陳列、朝食
    11:00
    朝市終了
    12:00
    昼食
    13:00
    昼寝
    14:00
    畑作業、発送、配達など
    19:00
    夕食
    21:00
    叓務作業
    23:00
    就寝
  • 佐藤の座右の銘

    マイペース